鬼そば屋の理念

料理長のお話

話:第七代鬼そば屋料理長 なゝ姫飛矢文
聞き手:ライター・講演家 山内一輝

――鬼そば屋で食事をするといつも感じることなのですが、「味がやさしい」のですね。食べた後で、もたれることがない。例えば、蕎麦のだしも飲み干せるくらいの程よい加減ですし、名物の「とり天」も、脂っこさもなく、とても食べやすい。その秘訣は、どんなことがありますか?

私が鬼そば屋を継いだ時に決めていたことがあって、「安心して食べられるもの」をお出ししようと思ったのです。
そのため、お店を継いだ時点ですぐに、調味料を全て見直しました。
例えば、調味料は、醸造アルコール・化学調味料の入っていないしょうゆ・お酒などに切り替えましたし、塩も変えました。味噌・酒粕なども、丹波や丹後のものを使うことにして、小野甚味噌醤油さんには添加物の無い生醤油(きじょうゆ)を特別に出していただき、山名酒造さんの純米酒粕をふんだんに使用しております。
それは、食べ物が本来持っている「まっすぐな味」を、引き出そうと思っているからです。
――人気の「とり天」にも同じような工夫があるのですか?

そうですね。鶏肉は生産地がわかるようにし、塩麹は女将の手製です。
あと、おもしろいところでは、小麦粉に「うどん粉」と「メリケン粉」という呼び方があったのはご存知ですか?

――名前を聞いたことありますけれども、どんな違いがあるんですか?

明治時代以降、特にアジア太平洋戦争の後になって、海外から多くのものが輸入されることになったのですが、アメリカから入ってきた、薄力粉である小麦粉のことを「メリケン粉」と呼んでいたんです。それに対して、「うどん粉」は、日本在来の小麦粉で、成分による分け方ですと、「中力粉」のことです。日本には、今でいうところの中力粉か強力粉しかなかったので、日本古来の料理はそのどちらかですよね。
日本料理の天ぷらも、本来は「うどん粉」を使っていましたし、江戸から明治にかけて高級品だった卵も使っていなかったんですね。卵を衣に入れるのは、そもそも中国の料理法ですから。
そこで、創業当時である江戸時代の味を再現してみようと思って、作り方を工夫したのです。
そばやつゆばかりを旧い姿にしていては、片手落ちですから。

――何と言うか、「こだわり」と言うよりも、「あたりまえの味」に立ち返ろうとしているような感じがしますね。

そうですね。鬼そば屋が始まった、江戸時代末期の味に立ち帰ろうとしています。
「そば」は大衆料理だったわけですし、私たちも「家族で楽しめる家庭料理」の感じを大切にしたいと思っているのです。もともと家政学が専門ですから。
私の代になって、そばや料理の種類をかなり増やしたんですね。というのも、家族や仲間で食事を楽しめるお店にしようと思ったのです。
中にはそばアレルギーのある人もいるでしょう。田舎の峠の店だからこそ、いろいろな料理を楽しんでもらいたいと思っているのです。
また添加物や調理法の点では、お年寄りや、妊娠中の女性、小さい子どもにとっては特に、安全なものを安心して食べられることは、とても大切なことだと思います。
だからこそ、食べ物の持つ「本来の味」を引き出すという、当たり前のことをしているだけなのです。